私とお人形

幼かった頃、お人形と言えば、確か文化人形と言うのだったかしら? ほっぺが赤丸で、ボンネットみたいなのかぶって、エプロンしてて、横にしていたのを起こすと「メェ~」ともつかない音を出したもの。しかも、あれには、藁が詰まっていたのですが、そういうものぐらいしかありませんでしたね。

実家の古いアルバムに、たぶん、3、4歳の頃と思われるのだけれど、姉と一緒にドロンコ遊びをしている写真があって、なんと、背中には、二つ折りにしたざぶとんをひもで結わえたものを背負っている。

文化人形は好きじゃなくても、ざぶとんを背負うのは好きだったのかも、、、。

それを思い出しても、子供というのは、おとなが考えてあつらえてくれるお人形が、必ずしも好きではない場合があると思う。
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シュタイナー教育の観点から言うと、過剰に作りこんだ人形というのは、”毒”であるらしいが、お人形をたくさん作るようになって、今日日は、子供をめぐる状況は単純ではないように思う。

幼い時から、非常に精巧でメカニックなおもちゃを好む子供がいるのも事実で、そういう子に、素朴なラグ・ドールを与え、「さあ、これがあなたにぴったり。これで楽しく遊びなさい。」と、言ってもつまらないだろうな、と、思う。

ひとりひとりに一番あったものを、多様な選択の中から選び取ってあげられれば一番いいのに、、。
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東北の田舎町から大学に進学する年になった時、雑誌の「ノンノ」に載っていたお人形作家の特集を見て、私も人形作りの学校に行ってみたい!と思ったものだけれど、すでに東京に住んでいた姉から、「そういうことは大学で勉強しながらでもできるのでは?」と言われ、それもそうだと考え直して大学に進んだのだった。

そう、あの頃に、現在の生き方の萌芽があったのね、などと思う。

あの頃心ひかれていたお人形というのは、素朴で温かみのある抱き人形系では全くなく、複雑で繊細で、これでもか!というほど手のこんだ芸術的なものだった。

雑誌も写真もとってあるわけもないが、不思議なもので、好きだった人形のイメージは、心のどこかに焼きついている。そうね、いつか、ああいうお人形を作ってみることがあるのかも知れない。
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写真は、クリスマスに向けて、仕上げたばかりのうさぎちゃん。ウールフェルトで作っておりますので、てざわりが優しく、ほんわか。型紙をオリジナルで起こしましたので、完成品だけでなく、キット販売もする予定でおります。
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by country-mouse | 2009-10-10 13:51 | ウォルドルフ人形と友達

浅間山のふもとから、八海山の見えるところに戻りました。


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